Only REDS Presents

オトナの創作童話シリーズ その1

シューズの伝説。

(注)この作品はフィクションであり、いかなる団体・人物とも関係ありません。



神様は、雲よりも、星よりも、もっともっと高いところから、
うっかり薄汚れたシューズを落としてしまいました。

そこは、日本という国の、土埃舞う国の、
片隅に落ちたのでした。







背の小さくてすばしっこい少年は、
幼稚園の片隅に転がっている、薄汚れたシューズを見つけました。


「なんだきたねぇな」


「それよりも黄金バットだよな」


「王はやっぱりすごいよ、ナボナだよ」


他のおともだちは薄汚れたシューズには目もくれず、
棒っきれや革の大きな手袋、オロナミンCに夢中でした。


でも、背の小さくてすばしっこい少年は、
その薄汚れたシューズが気になって気になって仕方ありませんでした。

手にとってみると、土埃にまみれたシューズは、
彼の目には輝いて見えました。
大きさも少し大きめだけど、履くことができそうです。





右足をそぉっと入れてみました。



なんと、ぴったり入るではないですか。

いや、正しくは、そんなにぴったりじゃなかったのですが、
小さな少年にとっては、入ったことが奇跡のように感じたのです。


おそるおそる左足を入れると、
これもまた入りました。




ぽん、ぽん。




飛びはねたり、足を動かすと、
なんともリズミカルに身体が動き出します。



なんとなく、このシューズを履いて、走りたい気持ちになりました。






トコトコトコ。






少年はすばしっこいほうでしたが、
なぜかこのシューズを履くと、
いつもよりもすばしっこく走れました。

そして幼稚園の片隅に転がっている少し大きなボールを蹴ると、
おともだちがビックリするくらい鋭い弾道を描いて
ボールが空を飛んでいきました。





そのとき、神様はささやいたのです。








「サッカーって、知っているかい?」







小さくてすばしっこいだけだった幼い少年は、
それからシューズを大切に大切に磨きました。
時に喜び、悔しがり、悲しみ、でもまた前を向き。
シューズといっしょに歩き続けました。


まわりのおともだちが他のものに熱中していても、
彼は来る日も来る日もシューズを磨きました。





「ぼくのたいせつなたからもの…」





かけっこも早くなり、ボールを蹴る力も強くなりました。
来る日も来る日もシューズといっしょに走りつづけました。


少しずつ大きくなっていく少年は、
愛くるしい童顔はそのままに、
どんどん速く走れるようになりました。
どんどんボールを扱えるようになりました。

土埃舞うグラウンドを駈けめぐる少年は、
いつしかシューズといっしょに大きくなったのです。
シューズも、少年の成長に合わせて大きくなっていったのです。







成長していった少年は、
学校でも優秀な成績をおさめ、
その快活で豪快だけど繊細な性格をそのままに大きくなりました。

誰もが少年が大きくなる、すごい選手になると思いました。
ただ、土埃舞うグラウンドにいたわずかな人だけ、でしたが。







いつしか少年は立派な青年になり、
サッカー選手になりました。

学生ではなく、社会人としてサッカー選手になる。
そのために、育った街より少し北の街に引っ越しました。

それでもあの時のシューズといっしょです。

彼は、シューズを信じていました。





「これまで22年間いっしょにやってきたシューズといっしょなら」

「どこまででも行ける」







ところが、行った街はサッカーの歴史ある伝統ある街でしたが、
入ったチームはいきなり2部落ちし、
お客さんはいるのかいないのか。
誰も見ていない土埃舞うグラウンドに、彼は立っていました。

でも、彼は信じていました。
自分にはこのシューズがある。
今までやってきたことに間違いはないんだと。







新人ながら、チームを1年で1部に昇格させる原動力になった彼は、
翌年には芝生できれいに整備された
それはそれは立派なグラウンドに立っていました。

気がつけば、ものすごい数のお客さんの前で
サッカーができるようになりました。

シューズも心なしか、きれいに磨かれたように光っています。
シューズを信じて走り続けたことは、正しかったのです。





しかし。





チームはここから泥沼にはまります。
栄光の歴史を刻むチームは、残念ながら負け続け、
なかなか勝つことができません。





それでも彼は走りつづけました。





「僕には走ることしかできない」



「ボールを蹴ることしかできないんだ」



シューズを信じて走りつづけました。







お客さんたちは、その姿を見て、彼に惚れ惚れしました。




「彼がいるだけでいい。俺たちは応援するよ」




街の人々は、負けつづけてやさぐれているはずなのに、
彼に暖かい眼差しを送りつづけました。




そんな眼差しを一身に受けた青年は、
力を得て、前へ、前へと進んでゆきます。




「僕は信じている、このシューズを」







ある年、新しい監督が外国からやってきました。
気難しい外国人は、今までと違うことをいっぱい言い始めました。
でも、彼は一生懸命に話を聞いて、走りつづけたのです。





「だって、走りつづけて、ボールを蹴ることしかできないから」





気がつけば、シューズが金色に光っていました。
得点王を取ったのです。
チームはもちろん、日本人でも初めてでした。
信じて進んできたことが、正しかったと思った瞬間でした。





彼は誇らしげにシューズを掲げました。





「僕の大切な宝物…」







でも不幸は突然訪れます。

今までは走りつづけても大丈夫だった身体に、
ガタが出始めました。
走りつづけた彼の身体は、
自分が思うよりも蝕まれていたのです。


彼を信頼し、力をくれたて監督も、
残念ながら事情があって遠くの国へ行ってしまいました。


そして、彼自身、何度も大きなケガをしてしまいます。
順調に見えた彼の人生に、大きな影が落ちてきました。



あまりの痛さに言葉も出ない日が続きました。



あまりのつらさに涙を流しそうになる日もありました。



それでも彼は、その大きな瞳を見開いて、
前を見つづけました。





「負けられない、シューズを信じるんだ」





薄汚れたシューズを抱きしめながら、彼はつぶやきました。





「また、彼等と一緒に闘いたい。だから、信じる」





「泣いてたまるか」







シューズは少し汚れてきましたが、
まだ彼の身体を支えていました。

また走り始めました。

昔より足が遅くなった分、頭で一生懸命考えました。
少しずつ、体が動き始めました。



そのとき、また彼を不幸が襲います。









2部降格。









ケガをしても泣くものか、と思っていた彼は、
試合を終わらせるゴールを自ら決めた時、号泣しました。

言葉になりませんでした。





「あなたのシューズを信じてきたのに」



「そんな仕打ちをするのですか、神様」



「僕を信じてくれる人たちまで不幸にするのですか」





街中を悲しさが駆け巡ったこの日、
彼はもう一度思いました。





「それでも走ることしかできない」





傷ついた身体と心をおして、走りつづけたのです。





「自分を信じてくれる人たちのために」





「自分はシューズを信じて走る」





そして1年で1部に昇格することができたのです。







神様は、そんな傷ついた彼に、そっと囁きました。



「そろそろシューズを返してくれないかね」

「キミは十分走ってきただろう」

「もうボロボロになったシューズは脱いだらどうだい」

「キミももうボロボロになっているじゃないか」



彼はまだ自分がボロボロだなんて思ってもいませんでした。
確かにシューズはボロボロになってましたが。

彼をよく理解する大仏さんまで登場しました。



「キミは十分頑張ってきたよ」

「いままでのご褒美をあげるから」

「どれだけ走れるか試してごらん」



そういって、その昔オリンピックの会場になったスタジアムで、
このチームにはじめての栄光をもたらす最後のチャンスをくれました。





「走りつづけてやる」





「僕を信じてくれる人たちのためにも」







彼は走りつづけました。

痛みを感じる足も、何も、全てを忘れて。

神様も大仏さんも何を言おうが関係なく。

ずっと走りました。

力の差を感じながらも、走りました。

ボロボロになりながらも走りました。







無情にも、ホイッスルが鳴り響きました。
わずか1点。
しかし、無限大のように違う1点の差で負けてしまいます。



彼を信じる赤い服を着た人たちが、
悲しさのあまり動けないでいます。





「なにが足りなかったんだ」





そういう彼のもとに、神様はささやきました。



「キミにはチャンスをあげたよ。」

「もう時間がないんだ、シューズを返しなさい」







彼は悩みました。



シューズを返しても、走る自信はありました。
神様に怒られようと、大仏さんにイヤミをいわれようと、
自分の力を信じてやっていけると思いました。





でも。





彼を信じてきた人たちを裏切ることはできませんでした。
いまさら、赤い服以外を着ることはできませんでした。
多くの時間と感情を共有しすぎました。





随分長い間考え悩みつづけましたが、
彼は決意しました。








「わかったよ、神様」






「シューズは返すよ」







彼がシューズを返す日。

雨空の中、旧友達が集まってきました。

来れなかった人たちも遠くからメッセージを送ってくれました。

懐かしい顔が集まります。

何人も何人も。





彼がシューズを見つけたグラウンドは、
土埃舞う中でしたが、
今日は違いました。

きれいな芝生の上で神様に返すことができます。





「神様、本当にありがとう」





「僕はこれだけ走ってこれて幸せだった」





彼がシューズを脱ぎ、空にかざすと、
シューズは不思議にも彼の手から離れていきます。

薄汚れてボロボロのシューズは、
少しずつ天高く昇っていきました。





寂しい思いを隠し切れない彼に、
神様は囁きました。
そう、優しい、優しい、笑顔のまま。





「もうキミはシューズ以上のものを手に入れただろう?」

「よくみてごらん」

「シューズより大切なものが、キミをまっているよ」





数多くの旧友達が、
そしてスタジアムを包む大勢の「仲間」達が、
彼の門出をお祝いしています。





「そうか」



「もうシューズがなくても歩けるんだ」



「僕には彼等がいるじゃないか」





そう、埃まみれのシューズは、
彼に誇りを持つ心を残してくれたのです。
大勢の彼を信じる仲間達とともに。

もう彼の走る姿をみれなくなるのが残念で、
多くの人は泣いています。
でも、門出を祝って、泣き笑いです。

怒号のように鳴り響く歌が、
歌を歌う仲間達が、
そして、いっしょに走ってきた旧友達が。

彼の信じることができるものが、
この街にあったのです。




そう、それはまるで、
多くの宝石をちりばめた宝石箱のように、
きらめく無数の輝きを見せていました。





「僕の宝物は」



「この街にあるじゃないか」




そうして彼は、旧友達の中に飛び込んでいきました。







いつしか人は大きくなって、
いろいろなものを失っていきます。

でも、それはきっと未来に通じるドアのようなもので、
本当に失ったのではなくて、
ドアをあけて他の部屋に移り、
違う光景を見ることができるようになっただけかもしれません。



ほら、またシューズが落ちてきたみたいですよ。
でも、今度は芝生の上、みたいですね。






……もしかしたら、





「彼」が落としたシューズかもしれません。

…Fin

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